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津地方裁判所 平成10年(ワ)275号 判決

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  被告は、参加人に対し、金1,130万円及びそれぞれ金113万円に対する昭和62年3月から平成8年3月までの毎月16日から各支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

三  参加人と原告との間において、参加人が被告に対して左記建物の賃貸借契約にかかる保証金の返還請求権を有することを確認する。

(一)  目的物 津市東丸之内<略> 乙山ビル2階68.155平方メートル

(二)  保証金の金額 金1,130万円

四  訴訟費用及び参加費用は、これを二分し、その一は原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

五  この判決は、第二項につき、仮に執行することができる。

事実

第一  請求

一  原告らの請求

1  被告は、原告甲野太郎に対し、金565万円及びそれぞれ金56万5,000円に対する昭和62年3月から平成8年3月までの毎月16日から各支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

2  被告は、原告丁木夏子に対し、金282万5,000円及びそれぞれ金28万2,500円に対する昭和62年3月から平成8年3月までの毎月16日から各支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

3  被告は、原告甲野次郎に対し、金282万5,000円及びそれぞれ金28万2,500円に対する昭和62年平成8年3月までの毎月16日から各支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

二  参加人の請求

主文第二項、第三項と同旨

第二  当事者の主張

一  原告ら

1  亡甲野春子と被告は、昭和51年3月16日、次のとおり賃貸借契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

(一) 目的物 津市東丸之内<略> 乙山ビル2階68.155平方メートル

(二) 賃料15万円

(三) 保証金 金1,130万円

(四) 保証金の返還方法

本件契約締結後10年据置の後10か年均等分割払いで、貸主である被告は亡甲野春子に返還する。

なお、本件保証金の返還時期が右のとおり定められているのは、本件保証金には本件建物の建設協力金を含むからである。

2  甲野春子は死亡した。原告甲野太郎がその夫、原告丁木夏子、原告甲野次郎がその子であり、他に相続人はいない。

3  最終回の弁済期である平成8年3月16日は到来した。

4  (被告の消滅時効の主張に対し)被告は、原告らに対し、平成10年1月ころ、本件契約における保証金は契約終了・明渡時から10年経過した後に10か年均等分割返済される約定であるから、その弁済期は未だ到来していないと主張した。右事実は本件保証金返還請求権の消滅時効について、債務の承認ないし時効援用権の喪失に当たる。

しかも、被告は期限未到来を理由に本件保証金の返還義務を否定しながら、後日、期限到来を前提に時効消滅を主張するのは、禁反言の原則に反するものであり、信義則違反である。

5  よって、原告らは、被告に対し、本件契約に基づき本件保証金の返還及び各分割弁済期から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

6  なお、参加人主張の請求原因事実は全部認める。

二  参加人

1  原告らの請求原因1ないし4と同旨。なお、甲野春子(原告ら)と被告とは、本件請求権のうち弁済期到来分について弁済猶予の合意をしたので、弁済すべき時期が到来せず、時効期間が進行していない。

2  原告らは、平成11年2月11日、参加人に対し、本件保証金返還請求権を譲渡し、その旨を被告に通知した。なお、原告らは、平成10年5月11日、被告に対し、右請求権につき裁判上の請求をした。

3  本件保証金返還請求権については、執行受諾文言付き公正証書が作成されているので、民法174条の2により、消滅時効期間は10年である。

4  よって、参加人は、被告に対し、本件保証金の返還及び各分割弁済期から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、原告との間で、参加人が被告に対して本件保証金の返還請求権を有することの確認を求める。

三  被告の主張

1  原告の主張事実1について、(四)及び本件保証金が建設協力金を含むことは否認し、その余は認める。

原告の主張事実2は不知、同3のうち最終弁済期であることは否認し、時期そのものの到来は明らかに争わない。同4のうち被告が弁済期未到来を主張したことは認め、その余は争う。

以上に対応する参加人の主張事実に対しても、同様に認否する。参加人の支払猶予の主張事実は否認する。

参加人の主張事実2のうち請求権の譲渡は不知、通知は認める。同3は争う。公正証書は確定判決と同一の効力を有しないから、時効期間は5年である。

2  本件契約における保証金の返還時期は、契約終了かつ明渡時から10年経過した後に10か年均等分割返済される約定である。原告及び参加人は本件建物を明け渡していないから、本件保証金の弁済期は未だ到来していない。

なお、本件保証金には本件建物の建設協力金としての性格は皆無であるが、仮にそのような性格を含むとしても、保証金返還は本件建物の明渡しを前提とするものであるから、明渡しがない以上その返還請求はできない。

3  仮に本件保証金返還請求権の弁済期が原告及び参加人の主張のとおりであるとしても、被告はビル賃貸業を営む商人であり、甲野春子は美容室を営業する商人であり、本件賃貸借は商行為であるから、それから生じる本件返還請求権にかかる消滅時効期間は5年である。したがって、弁済期が平成5年3月16日以前の請求権は本訴提起時(平成10年9月3日)までにすでに5年を経過しているので、時効によって消滅した。

被告は、原告に対し、平成10年10月9日の本件口頭弁論期日において、右時効を援用する意思表示をした。

理由

一  保証金の返還時期

成立に争いのない甲第1証の1(本件契約公正証書)には、次の条項が定められている。

第13条 賃借人は本契約に基づく債務を担保するため保証金として本契約時に金226万円也、同月末日に金452万円也、同年5月末日に金452万円也を賃貸人に交付するものとする。

賃借人は、賃貸借期間中は保証金をもって賃料その他の本契約に基づく債務の弁済に充当することはできない。

保証金は無利息とし、本契約が終了し賃借人が賃貸借物件の明渡しを完了したときに返還する。但し、本契約に基づく延滞賃料または損害金等賃借人が負担すべき債務が残存するときは、賃貸人は任意にその保証金をもってその債務の弁済に充当することができる。

第20条 保証金は本契約10か年据置の後、10か年均等分割払いにより賃貸人は賃借人に返還するものとする。但し、次期入居者が決定した場合は、協議の上繰上げ返還するものとする。(以下省略)

右の条項につき、原告ら及び参加人は、本件保証金は本件契約締結後10年が経過した昭和61年3月16日から10か年均等分割返済される趣旨であると主張するが、これに対して、被告は、保証金は契約終了・明渡時から10年経過した後に10か年均等分割返済される趣旨であると主張する。

そこで、右条項の解釈について検討するに、〈1〉保証金の金額は賃料の75.3か月分に相当する金額であり、本件契約に基づく賃借人の債務の担保としては不自然に多額であること、〈2〉本件保証金の弁済期が原告ら及び参加人の主張とおりであったとしても、本件保証金が完済されるのは契約締結後20年を経過した時点であるので、本件保証金が本件契約上の賃借人の債務を担保する性格を有することと必ずしも矛盾しないこと、〈3〉本件契約の終了・明渡時から10年間も本件保証金の返還を据え置く合理的理由はないこと、〈4〉被告本人の供述によれば、本件建物が完成したのは昭和51年6月頃であり、本件契約締結は同年3月16日、本件保証金払込終了は同年5月末であったことが認められ、本件保証金は本件建物の建築中に決定・納入されたものであること、その金額が単なる担保金としては過大であることなどの事実を総合すれば、本件保証金は単なる担保金の性格を超えて本件建物についての建設協力金の性格を併有することが推認されること、〈5〉甲第1号証の1、乙第1号証(同種の賃貸借契約書)の作成時期よりも後に作成された乙第2号証(同種の賃貸借契約書)においては、前二者に存在していた「保証金は無利息とし、本契約が終了し賃借人が賃貸借物件の明渡しを完了したときに返還する。」との文言が存在しないのは、右の文言が契約当事者の合意内容に反するので削除されたと考えられることなどの事実を総合考慮すれば、本件契約における保証金の弁済期については、「本件契約締結時から10年を経過した時から10年間の均等分割返済」と解釈するのが相当である。本件建物の入居期間が10年を超える場合であっても、右解釈には変わりがない。本件契約書第20条但し書は、保証金返還中に入居者が交替した場合の措置を定めるものと理解される。

したがって、本件保証金返還請求権は既に弁済期が到来していることになる。

そして、原告主張事実2(これに対応する参加人の主張事実も同じ。)は、甲第1号証の2によって認められる。また、原告らから参加人に対する本件保証金返還請求権の譲渡については、原告は認め、被告に対する関係では丙第1号証の1によって認められ、その対抗要件の具備については争いがない。

二  消滅時効の成否

1  参加人は、時効期間について、本件契約に関しては執行受諾文言付き公正証書が作成されているので、民法174条の2によって、本件保証金返還請求権の時効期間は10年であると主張する。しかし、同条が「確定判決」及び「確定判決ト同一ノ効力ヲ有スルモノ」によって確定した権利を対象としているのは、特に既判力によって債権の存在が終局的に確定される場合に限って時効期間の延長を認める趣旨であると解されるので、同条の解釈としては、執行受諾文言付き公正証書を「確定判決ト同一ノ効力ヲ有スルモノ」に含めることはできない。

そして、被告は本件建物による貸室業を営業として行う者であり、甲野春子は美容室を営業する者であると認められるから、本件契約による本件保証金返還請求権は商行為によって発生した債権であるいうべきである。

したがって、本件保証金返還請求権にかかる消滅時効期間は、商事時効期間として5年と解される。

そうすれば、本件保証金返還請求権は、本件契約締結時から10年を経た後の昭和62年から平成8年までの毎年3月16日から各5年ごとに時効が完成することになる。

2  被告が平成10年1月ころ原告らに対し「本件契約における保証金は契約終了・明渡時から10年経過した後に10か年均等分割返済される約定であるから、その弁済期は未だ到来していない」旨を述べた事実については、争いがない。右の事実は、被告が債権者である原告らからの請求に対して、弁済期の未到来を主張して支払を拒否することであるから、その権利の存在を前提とするものであり、自己の債務の存在を知っている旨の意思表示であるので、これは債務の承認に当たると見るべきである。

そして、時効完成後に債務の承認をした者は、時効の完成を知っていたか否かにかかわらず、時効援用権を喪失するものと解すべきであるから(最大判昭41・4・20民集20-4-702)、被告は本件保証金の支払債務を承認した以上、その後において時効を援用することは許されない。

三  結論

以上によれば、参加人の本訴各請求は理由があるからこれを認容し、原告らの本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山川悦男)

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